ケネス・バーク『恒久性と変化』55(翻訳)

ヴェブレンの解決に対する批判

 

 ヴェブレンの制度尊重主義(いかなる制度もその性質の欠点をあらわすという考えを伴った)も、同じ観点をとることになると予想されるかもしれない。ある能力は無能力になり得るという彼の発言は、ウナムーノの「悪徳と美徳は同じ幹から出たものであり、ある情念は良くも悪くもなりうる」という発言と同じように思える。しかし、純粋で合理的な勧告を望んでいたヴェブレンは、略奪と勤勉とを異なった「本能」に帰することで、この混乱を避けようとした。彼は自らを強大にしようとする本能と「職人の本能」とを区別した。最初の本能から生じるのは戦争、破壊、競争、羨望である。第二の本能の萌芽となるものは巣づくりに見いだされる。こうして行動の根に枝分かれする二つの本能を置くことによって、彼は善人と悪人とを分けることができる説を手に入れたかに思えた。こうして彼はニーチェやウナムーノの悲劇的考え方を特徴づける倫理的パラドックスを避けることができた。


 この解決の難点は、社会における人間の典型的な行為には、通常、「競争的」な特徴と「巣づくり」の特徴とが混じり合っており(妬みと勤勉)、同じ倫理的変則に再び直面することとなり、略奪の本能と職人的な本能との合流を言い換えているに過ぎないことになる。賃金で自らの便宜をもたらすために家を建てている大工は、労働者であるとともに自分の力を強くしようとしている。科学者は研究によって、戦いのための論理や明確さを完全なものとし、最も説得力のある(つまり、強制力、或いは不可避性があるような)記録を残そうとする。身体と「巣づくり」とが有機的な関係をもつ甲殻類に、ヴェブレンの巣という概念にある素朴な人間中心主義が見て取れる。巣は待避所である。待避所は道具である。道具は生存競争のために用いられる武器である。巣そのものは競争的な装備の助けを借りてつくられる。或いは、砂漠の植物が干魃に備えてその葉のなかに余分な水を蓄えておくとき、それは略奪的行為なのだろうか建設的行為なのだろうか。それは悪徳資本家と同じような利己的な行為である。「利益のための投資」をそのまま生物の形にしている。また、命あるものが命あるものを食べるとき、略奪と建設とは一つになっている。


 もし特殊な「巣づくりの器官」が存在するなら、独立した巣づくりの本能を仮定するより確かな根拠をもつことができよう。しかし、実際のところは、ヴェブレンは形式的に特殊な「善をなす本能」を仮定し、巣づくりをその表現の一例として正当化しているように思われる。(1)

 

(1)より明らかな生物学的類推でいうと、「幼生期の食物摂取」と狩りとの相異があるだろう。移動して生活する高次な有機体には全て二つの段階が存在する――第一の段階では、通常、生きていくために野心や仕事をもつ必要はない。子宮のなかの胎児は、イスラエルの子らが天からのマナを受けたように、栄養を受けとっている。食物は恵み深く降り注ぎ、有機体は身を開きその賜物を受けとるだけでいい。そこには競争は存在しない。有機体は純粋な受容によって成長すると言える。実際、環境と一体化している。全体から分離する「悪魔の反抗」はいまだ起きていない。しかし、一度「生誕のトラウマ」が起きると、状況は異なったものとなる。それ以後、有機体は狩猟者としての生き方を学ばねばならない。「競争関係」が生じざるを得ない。幼生期の受容性はもはや生存に充分なものではない。抑制や支配の技術を手に入れる。


 もし耳が本来受容的であり、眼が本来取り入れるものなら、幼生期の食物摂取と捕食的な食物摂取との区別を、ニーチェの「眼の人間」と「耳の人間」との区別に重ね合わせることができるかもしれない。いずれにしろ、捕食的な社会の成長と相伴うように繁栄してきた科学的な姿勢は、理解を視覚的なものとして、見ることとして考える傾向がある。耳に訴えかけるような表現のスタイルは貧弱にしか発達していない。中国思想のスタイル上の性質は、最大限の安定性を目指す受容的なものであるように思える。しかし、西洋の思想は、征服によって食物を得る唐突さを含む傾向がある。詩人のなかでも幼生的スタイルと捕食的スタイルを区別できるかもしれなくて、長く流れでるド・クインシーの文章は幼生的で、今日の味気のない電報のような書き方は極めて捕食的だと言えないだろうか。


 『十二夜』の冒頭で公爵は、音楽を恵みの雨のように降り注ぐ優しいメランコリーであり、オリヴィアへの喜ばしい思いで魂を満たしてくれると述べる。これは幼生的と言えるだろう。そこで変化が訪れる。公爵は喩えを変え、音楽は菫の香りのようだという。しかし、嗅覚は捕食的である――獲物の位置を知る助けとなる。確かに、文章の主意もすぐに変わる。公爵は、狩人が鹿を追うように、女を追いかけると告げる。受容性から攻撃へのこの変化は、公爵のメランコリーが受け入れられる限度を超え、不愉快な飢えになったときに生じる。まさしくこの地点において、彼は「公平な科学者」の論理的な観察と同じような、診断的な発言をする。この一節の繊細な揺らぎは、人間の反応パターンの調節を奇跡的なまでに正確に捉えた者によって書かれた社会の全歴史の縮図ではないだろうか。